どこまでも歩いていく

歩きながら考える。主に山登りとか。

実録 富士登山2022 〜3776ルート編〜 ③

前回の内容はこちら 実録 富士登山2022 〜3776ルート編〜 ②

ルート上最後のコンビニであるセブンイレブン富士市大渕八王子町店まで、スタートしてから2時間ほどで到着しました。ここで小休憩を取ります。おにぎりとゼリー飲料、コーラを購入しエネルギー補給をします。まだ疲労はなく到着時刻も予定通りなこともあり、体力的にもメンタル的にもまだまだ余裕がある状態です。エネルギー摂取した後は念入りに足のストレッチをしてから出発します。今回の挑戦をするにあたっては、かなり足の状態に気をつかっています。長時間かつ長距離ということに加え、何より膝に爆弾を抱えているからです。しかも両足に。もう最近のことではありませんが、登山中特に疲労が蓄積される下山時に膝の横や裏側の靭帯に痛みが訪れます。ひどい時は足を引き摺るほどです。今回は長丁場なので途中で膝痛が発生した場合、最悪リタイアせざるを得ない状況になることも十分考えられます。また、いつ爆発するかわからないので、標高の高い所で爆発し動けなくなってしまうようなことがあれば取り返しのつかないことになります。富士山に限ったことではありませんが、登山中は途中に出口があってすぐそこから出られるわけではありません。足を引き摺ろうが這おうが自力で帰ってこなければなりません。

セブイレブンで一息ついて再開。ここから少し先にスタンプラリーのチェックポイントに設定されている、よもぎ湯があります。セブンイレブンから20分弱の距離です。このよもぎ湯、もしくはそこから3km先にある農家民宿やまぼうしまでがガイドマップの1日目コースとなっています。よもぎ湯周辺まではまだ民家も多くありますが、夜10時を過ぎているこの時間に歩いている人など自分の他に誰もいません。よもぎ湯ではスタンプだけ押してすぐに出発しました。ちなみに、スタンプラリーは用紙がなくてもスマホがあればできます。指定のアプリをダウンロードし、チェックポイント付近に近づくとアプリ上でスタンプを押すことができるという令和の時代に相応しいスタイリッシュな方法です。「ランニングなどの挑戦で、スタンプを押す時間が惜しいというアスリート気質な方も、チェックポイント付近でスタンプが押せるので時間短縮につながります。」とガイドマップにも記載があります。しかし、激動の昭和も終わりを告げる時勢に産声を上げたこの僕は、昔ながらの紙のスタンプラリーで挑んでおります。ただでさえ雨で用紙が濡れてしまう恐れがあるのに。決してアプリの使用方法がよくわからなかったからではありません。アプリの使い方がわからなかったからでは…。

よもぎ湯から先は民家も少なくなり、大淵公園を通り過ぎる頃には周囲の暗さに拍車がかかりヘッドライトをつけていても暗さに負けるようになりました。また、進むにつれて徐々に山の様相を呈するようになってきました。車道は広く(と言っても歩道はない)車もほとんど通らないのでつい道の真ん中を歩きたくなりますが、そんなことをしたら車が来た時に一発で轢かれてしまう為、道の端をとぼとぼと歩きます。ドライバーもこんな時間にこんなところを歩いているやつなんていると思っていないでしょう。真っ暗な山の中をひたすら歩いていきます。スタートして1時間経った頃から傾斜は続いています。膝の爆弾が爆発しないよう足の特定の箇所だけに負荷がかからないように歩き方を工夫します。基本的には歩幅を小さくしお尻の筋肉を使って歩くことを意識します。傾斜が緩く余裕のある時は大股で歩くなど歩き方に変化を持たせ負荷を分散させます。きっと後半登山道に入り標高が上がれば一歩一歩段差が大きい箇所が出てきて、このような対策を打てなくなるでしょう。途中、小休憩を取る際には車道にへたり込み「もう疲れたなー、車道歩ききついなー」などと不満が漏れ始めました。退屈な車道歩きは我慢するとして、暗くて何も見えないのでせめて昼間にやりたいと思いました。暗くて何も見えないことに対するストレスがあります。そして何より、真っ暗な山道をただひたすら歩いているだけなので、書くことがない。よもぎ湯から10km以上もこの変化に乏しい状況を僕の文章力ではとても表現することは出来ません。その後、富士山スカイラインに合流し、物凄く稀に通りかかる車を見かけては腹の底から「乗せてくれー」と叫び、というかこんな時間にこんな暗い中歩いていたら心配されるよね、と声を掛けられることを期待しておりましたが、ドライバーさんからは僕の存在がもはや見えているのか疑問になるほど一瞬で通り過ぎて行きました。

疲労、不満、怒り全てが刻々と時間とともに比例していくなか、日付は変わり、9月7日午前1時42分チェックポイントであるPICA表富士に到着。スタートしてから6時間が経過、概ね予定通りで時間的な遅れはなく問題ありません。しかし、ふと気がつきました。疲労を感じています。しかも、日帰り登山を終えたくらいの疲れがあります。確かに、ここまで27km歩いてきました。これは距離においてスタート地点から頂上までの3分の2を占めます。やはり、開始してから1時間後に早くも始まった登り坂が、確実に疲労を蓄積させました。もう皆様あまり興味ないと思いますが、よもぎ湯からここPICA表富士までがガイドマップによる2日目の工程になります。14.8kmありますよ。距離的にも時間的にもまずまず経過していますので標高もある程度上がっているだろうと予想していましたが、看板には無情の「ここは、海抜1100m付近です」の表記。えええ、まだまだ全然じゃないか。はい、正直この時点でもう辞めたい!諦めたい!帰りたい!と思っております。ただ、もう戻るに戻れないところまで来てしまっています。まあ実際戻れますが「容易に」という意味では戻れません。ここから戻る交通手段もありません。加えて只今、ど深夜です。この時の状況を表す言葉として、「ポイント・オブ・ノー・リターン (Point of no return)」というものがあります。僕と同世代の方であればケミストリーのしっとりとしたあの名曲が思い浮かびますが、登山や冒険でよく使われる表現で「そこを過ぎると元の場所に戻れない、後戻りできない場所や状況のこと」とWikipediaでは説明されています。ここまで来たらもう戻るより行ってしまった方がいいってことですね。PICA表富士までやって来たということは、僕にとって場所や距離などの物理的な意味合いより寧ろ状況や精神的な意味合いでのポイント・オブ・ノー・リターンとなっていました。ということで、渋々PICA表富士を後にします。

ここから先は富士山スカイラインを道なりに進み、旧料金所ゲート付近にある登山道入り口を目指します。登山道まではおよそ5kmの道のりです。富士山スカイラインに出てからは小雨混りでもともと狭い視界が更に狭くなっています。見えている範囲は3mほどでしょうか。数歩先しか見えません。暗闇の中を歩くとはまさにこのことであり、あまりの暗さと視野の狭さでもはや外を歩いていることも疑いたくなるほどです。真っ暗な箱の中でひたすら足踏みをしている感覚です。まさに暗中模索、五里霧中です。深夜にこんなことをしていると本気で自分が何をしているのか訳がわからなくなります。しかし、進むことでしか希望を見出せないこのゲーム、先を急ぎます。

PICA表富士から1時間ほど経過した頃でしょうか、旧料金所ゲートに到着しました。ここまで歩いてきた距離は30kmを超え、体力的にもメンタル的にも消耗していることをひしひしと感じております。しかし、信じたくありませんがここからが本番。鬼が出るか蛇が出るか、いよいよ登山道に入っていきます。

 

つづく